東京都品川区・武蔵小山で整体院をお探しの方に、私自身がかつて修業した武蔵小山整体院をご紹介します。
この院は、私にとって単に「以前働いていた整体院」という場所ではありません。
魚を加工する仕事で右手にしびれが出たことをきっかけにカイロプラクティックと出会い、自分もこの技術を身につけたいと整体師を志しました。
その後、大川カイロプラクティック専門学院に入学。
学校で学びながら実際の現場で経験を積み、整体師としての基礎を一から叩き込まれた場所の一つが、武蔵小山整体院です。
今振り返ると、未熟で、生意気で、失敗もたくさんした時代でした。
それでも、現在ふじさわ整体院で行っている施術やカウンセリングの根っこには、武蔵小山で学んだことが数多く残っています。
今回は一般的な整体院の紹介だけではなく、実際に約1年間この院で修業した人間として、当時の思い出も交えながらご紹介したいと思います。

27〜28歳、整体師としての修業が始まりました
私が武蔵小山整体院で修業していたのは、27〜28歳ごろです。
当時、同じ品川区にあった大川カイロプラクティック専門学院で勉強しながら、武蔵小山整体院の現場に立っていました。
学校で理論や技術を学び、院に戻って実践する。
分からないことがあれば、また勉強する。
現在の私の施術の土台となっている大川メソッドの基礎は、この時期に徹底的に叩き込まれました。
とはいえ、入ったばかりの学生が、いきなり患者様を担当できるわけではありません。
最初は「R2」と呼ばれる施術補助からのスタートでした。
最初は施術を担当できず、託児も大切な仕事でした

当時の武蔵小山整体院には、小さなお子さんを連れて来院される患者様もたくさんいらっしゃいました。
まだ自分で施術を担当できなかった私は、患者様のお子さんをお預かりすることも大切な仕事の一つでした。
多い日には、1日に5人ほどの赤ちゃんや小さなお子さんを抱っこすることもありました。
整体師になるために東京へ出てきたのに、
「自分は保育士に転職したのかな?」
と思ったこともあります。
それでも、当時の私は、
どんな仕事でも誠心誠意やっていれば、いつか道は開ける。
そう考えていました。
施術を任せてもらえないなら、今の自分にできる仕事を一生懸命やろう。
そんな気持ちで毎日を過ごしていました。
当時、患者様のお子さんからいただいた「おさかなせんせい」の似顔絵は、今でも私の宝物です。
魚を加工する仕事から整体師を目指した私にとって、忘れられない修業時代の思い出です。
半年後、ようやく患者様を担当できるようになりました

武蔵小山整体院に入って半年ほど経ったころ、ようやく自分で患者様を担当させてもらえるようになりました。
本当に嬉しかったことを覚えています。
学校で覚えたこと。
院長や先輩方から教えてもらったこと。
見て、聞いて、練習してきたこと。
それを全部使って、目の前の患者様を何とか楽にしたい。
とにかく必死でした。
その後、担当する患者様は少しずつ増えていき、当時としては歴代でもかなり早いペースで月100人を超える施術を担当するようになりました。
努力した分だけ結果が出ることが嬉しく、ますます施術の勉強にのめり込んでいきました。
ただ、この頃の私はまだ、
「施術ができるようになること」と「患者様を理解すること」は別のことだ
という大切なことを十分に分かっていませんでした。
最初に担当した患者様から教えてもらったこと
今でも覚えているのが、私が最初に担当した患者様です。
当時の私は、学校で教わったカウンセリングや施術計画の流れを忠実に実践しようとしていました。
身体を評価する。
施術する。
今後の計画を説明する。
そして次回の予約をご案内する。
習ったことを一生懸命やったつもりでした。
ところが次回予約をご案内したとき、その方から、
「月1回くらいで来ようと思っていたのに……」
と、少し悲しそうに言われました。
予約は入れてくださいましたが、その後いらっしゃることはありませんでした。
当時の私には、その理由がよく分かりませんでした。
今なら分かります。
私は「正しい施術計画を説明しなければ」ということに一生懸命になりすぎて、その方がどうしたいのかを十分に聞けていなかったのだと思います。
武蔵小山で教えてもらった大切なことの一つが、
症状だけを見るのではなく、その人が何に悩んでいるのかを聞くこと。
そして、
症状ではなく、人を診ること。
でした。
技術だけでは、人を支えることはできません。
現在のふじさわ整体院でも、こちらの考える施術計画を一方的に押しつけるのではなく、その方の生活や希望を聞きながら一緒に考えることを大切にしています。
その原点の一つが、この頃の失敗にあります。
月15万円。それでも毎日が楽しかった修業時代
当時の私は、まだ学生の立場でした。
現在の感覚からすると、働き方もかなり違います。
雇用契約もなく、月15万円ほど。
社会保険もなく、週1日の休みで、院には1日12時間ほどいる生活でした。
今振り返れば、かなり厳しい環境だったと思います。
でも、当時の私には不満などみじんもありませんでした。
それどころか、毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
学校で新しいことを覚える。
院で実践する。
昨日できなかったことが、今日は少しできるようになる。
まだ何者でもなかったからこそ、これからどこへでも行けるような気がしていました。
学ぶ楽しさと、未来への希望にあふれていた時代です。
現在、院を経営し、多くのことに責任を持つ立場になったからこそ、あの頃にしか味わえなかった自由や充足感だったのだと思います。
私を育ててくれたのは、大川グループの多くの先生方でした
武蔵小山整体院では、多くの先輩方から技術や患者様との接し方を教えていただきました。
ただ、今振り返ると、私を育ててくれたのは武蔵小山の先生方だけではありません。
休みの日には大川グループの他院へインターンに行き、さまざまな院長や先輩の施術を見せてもらいました。
先生によって身体の見方も違えば、患者様への接し方も違います。
一つの方法だけを覚えるのではなく、多くの先生方の考え方や技術に触れられたことは、当時の私にとって大きな財産になりました。
今、自分が院長になって振り返ると、
大川グループ全体に育ててもらった
という感覚が一番近いように思います。
当時お世話になった先生方には、本当に感謝しています。
実績が出始めると、生意気にもなりました
もちろん、きれいな思い出ばかりではありません。
患者様を担当できるようになり、施術人数も増えてくると、若かった私は少しずつ自信をつけていきました。
そして残念ながら、自信だけでなく生意気さまで育ってしまいました。
先輩方に対して、不遜な態度を取ったこともあります。
完全に若気の至りです。
当時は、
「なぜこんなことを言われなければならないんだ」
と思ったこともありました。
しかし、自分が院長になり、スタッフを育成する立場になって初めて分かったことがあります。
「あのときの言葉は、自分を育てようとして言ってくれていたんだな」
と。
自分が教える側になって、ようやく理解できたことがたくさんあります。
ずいぶん時間がかかりました。
一緒に修業した仲間も、それぞれの道へ
当時一緒に働いていた仲間との時間も、大切な思い出です。
一緒に修業していた成田さんは、その後、千歳烏山で院長として活躍されています。
私自身が院長になった後も、情報交換をしたり、飲みに行ったりすることがありました。
同じ場所で学び、同じ時代を過ごした人たちが、それぞれの場所で患者様と向き合っている。
修業していた当時には想像もしなかったことです。
大変だったこともあります。
悔しかったこともあります。
楽しかったこともあります。
今となっては、悲喜こもごも全部ひっくるめて、私にとって大切な思い出です。
武蔵小山で学んだトリガーポイントは、現在も施術の土台です
武蔵小山時代に身につけた技術の一つが、現在のふじさわ整体院でも行っているトリガーポイントへのアプローチです。
ただし、同じトリガーポイントへの施術でも、当時と現在ではかなりやり方が変わりました。
若い頃の私は、
「硬いところをしっかり押さなければ」
「強く刺激した方が効くのではないか」
という気持ちが強かったように思います。
患者様を痛がらせてしまうこともありました。
今振り返れば、未熟でした。
現在は、ただ強く押すのではなく、患者様が余計な力を入れず、リラックスして施術を受けられることを大切にしています。
身体の反応を感じながら、必要以上に力で押し込まず、筋肉の緊張がゆるんでいく刺激を探していく。
十年以上患者様の身体に触れ続ける中で、同じ技術でも私自身の考え方や触れ方は大きく変わりました。
それでも、その土台となる技術を最初に繰り返し学び、練習したのは武蔵小山での修業時代です。
カウンセリングも施術も、原点は武蔵小山にあります
現在のふじさわ整体院では、施術技術だけでなくカウンセリングにも時間をかけています。
どこが痛いのかだけではなく、
「何に困っているのか」
「その症状によって何ができなくなっているのか」
「どうなったら、その方にとって施術を受けた意味があるのか」
というところまで聞くようにしています。
これは、突然思いついたものではありません。
武蔵小山で教えてもらった、
「症状ではなく、人を診る」

という考え方を、患者様と向き合いながら自分なりに少しずつ深めてきたものです。
施術の方法は変わりました。
考え方も変わりました。
当時の自分なら選ばなかった方法を、今では選ぶこともあります。
それでも根っこの部分には、修業時代に教えてもらったことが残っています。
私にとって武蔵小山整体院は「整体師としての原点」です
武蔵小山整体院を離れた後、私は別の院でもさらに多くの患者様を担当し、院長として働くようになりました。
その後、自分自身の身体の不調をきっかけにピラティスと出会い、現在は藤沢で整体とピラティスの両方を使って身体をサポートしています。
でも、それはもう少し後の話です。
私がまだ何者でもなかったころ。
施術を担当させてもらうことすらできず、患者様のお子さんをお預かりしながら先輩の施術を見ていたころ。
初めて患者様を任せてもらい、嬉しくて必死になっていたころ。
患者様との接し方を間違えたこと。
少し結果が出て、生意気になったこと。
院長や先輩の言葉の意味が分からなかったこと。
そして今になって、その意味が少しずつ分かるようになったこと。
うまくいったことも失敗したことも含めて、私が整体師になっていく過程そのものが武蔵小山にあります。
だから私にとって武蔵小山整体院は、数ある整体院の一つではありません。
整体師としての原点の一つです。
武蔵小山周辺で整体院を探している方にとって、このページが一つの参考になれば嬉しく思います。
そして、私を育ててくださった大川グループの先生方、当時未熟だった私に身体を任せてくださった患者様、支えてくださった皆様に、改めて感謝しています。
【住所】東京都品川区小山4-4-10
東海道線・小田急線・江ノ島電鉄線 藤沢駅南口より徒歩3分
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